成田空港問題、44年前に自宅を強制収用された反対運動の象徴的人物の補償について、遺族が合意書に調印


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【主報】 (2015/05/21-19:16)
 成田空港問題、44年前に自宅を強制収用された反対運動の象徴的人物の補償について、遺族が合意書に調印



 成田空港建設に絡んで44年前、自宅が強制収用され、反対運動の象徴的人物だった小泉よねさん=1973年に67歳で死去=に対する補償問題で、成田国際空港会社と遺族が21日、最終的な合意書に調印した。補償額は明らかにされていないが、遺族は弁護士費用などを除き沖縄県や福島県の市民団体などに寄付するという。

 調印したのは、小泉さんの養子英政さん(66)夫妻。東京都内で記者会見し、「複雑な心境だが、空港建設がなかったら本人が農民として送ったであろう『生活権』に対する補償が認められたので合意した」と話した。

 よねさんの自宅は空港用地北側にあり、千葉県収用委員会の裁決に基づき71年9月に強制収用された。反対運動をめぐる混乱などから補償問題は長く未解決のままだったが、昨年末に県が当時の対応を謝罪する内容の見解を示し、遺族と空港会社などが補償額を協議していた。

時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201505/2015052100819&g=soc

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