歌舞伎俳優、10代目坂東三津五郎さんが膵臓がんのため59歳で死去


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【主報】 (2015/02/22-20:23)
 歌舞伎俳優、10代目坂東三津五郎さんが膵臓がんのため59歳で死去



 古典から新作まで多彩な表現で観客を魅了した歌舞伎俳優で、日本舞踊の大流派、坂東流家元でもあった坂東三津五郎(ばんどう・みつごろう、本名・守田寿=もりた・ひさし)さんが21日午前2時3分、膵臓(すいぞう)がんのため東京都内の病院で死去した。59歳。密葬は近親者のみで行う。喪主は長男の歌舞伎俳優、坂東巳之助(ばんどう・みのすけ)さん。本葬は25日午後3時から、東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。

 当代一と定評ある踊りだけでなく、「魚屋宗五郎」の宗五郎など二代目尾上松緑(しょうろく)ゆずりの世話物、「鳴神」の鳴神上人(しょうにん)や「勧進帳」の弁慶など、歌舞伎十八番も線の太い役も得意とした。七代目尾上梅幸(おのえ・ばいこう)の薫陶も受け、伝統的な歌舞伎の技法を受け継ぎ、芸域の広い立役として歌舞伎の第一線で活躍。13年1、2月、歌舞伎座「喜撰(きせん)」の喜撰法師などで十代目三津五郎を襲名した。

 昭和63年、芸術選奨新人賞。平成18年、日本芸術院賞。21年、紫綬褒章。

産経ニュース
http://www.sankei.com/entertainments/news/150222/ent1502220016-n1.html

【続報】 (2015/02/25-19:58)
 歌舞伎俳優、10代目坂東三津五郎さんの葬儀が営まれ、歌舞伎界を中心に5000人が参列



 「父の芸は、誰にでもできるような小さな努力を、誰にもまねできないほど膨大な数、積み重ねた先にある、一つの究極の形だったのではないか」。喪主で長男の歌舞伎俳優、巳之助(みのすけ)さん(25)が葬儀の最後、そう父をたたえた。

 午後3時から始まった葬儀には、松本幸四郎さん(72)や中村吉右衛門さん(70)ら歌舞伎界を中心に約5000人が参列。これから見せるはずだった円熟の芸を惜しむファンの列は、日没後も途切れることはなかった。

 芝居はもちろん、当代一とたたえられた踊りの名手として観客を魅了し続けた三津五郎さん。その芸は、1歳にして「踊りの神様」と呼ばれた曽祖父の七代目に抱かれ、初お目見えを果たした日から、日本舞踊の坂東流家元後継者として徹底的に踊りの研鑽(けんさん)を積み、培われた肉体の芸術そのものだった。

 しかし、日頃から「先輩から預かった大切な荷物(芸)を次の世代に伝えなければ」と公言し、その芸を惜しみなく後輩に伝えた。人間国宝の尾上菊五郎さん(72)は弔辞で、「3年後、5年後、10年後、君のまいた種が花咲き実をつけるのが楽しみだ」と、早過ぎる死を惜しんだ。

 戒名は「香藝院爽進日壽居士」。棺には、家の芸である舞踊「喜撰(きせん)」で使用する「花錫杖(はなしゃくじょう)」や稽古扇子、大好きだった城の本などが入れられた。

 3年前、同じ年の盟友、中村勘三郎さんへの弔辞で、「そちらに行ったら、また、一緒に踊ってください」と呼び掛けていた三津五郎さん。今頃は“夢の競演”が実現しているはずだ。21日、膵臓(すいぞう)がんで死去。享年59。(飯塚友子)

産経ニュース
http://www.sankei.com/entertainments/news/150225/ent1502250014-n1.html

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